ひとりひとりのステップ
いよいよ7月。今年の七夕と翌日の7月8日は、富山県のお寺さんで奉納舞をする機会をいただきました(予定はこちらから)。京都から、バラタナティアムのToshiko Thenralさんをお迎えします。
Toshikoさんとの出会いは、とても不思議なものでした。なぜか、直感で、この人の舞台を観たい、と思ったのです。行ってみて、舞を拝見し、パワーをいただきました。南インドの舞踊の方が北インドのカタックの技術や醍醐味を理解するのが難しいように、私にはバラタナティアムの技術はよくわかりません。でも、Toshikoさんのステップとアビナヤに、素直に感動しました。心が疲れていたときに、彼女に出会えたことに、私は深いご縁を感じました。神様はやっぱりいるんですね。
Toshikoさんは、プロフィールでも、「ひとりひとりのステップを大切に」という言葉を使われます。そこに、彼女の「こだわり」や「信念」があるようです。
最近は、「ひとりひとりのステップ」というものを考えることが多くなりました。カタックやインド舞踊に関する質問のメールや電話に対応していると、みなさんそれぞれの「想い」を目の当たりにするからです。インドへの関わり方、窓口は人それぞれ。
先日、久しぶりに再会したある舞踊家さんとのお話の中で、「彼女のステップ」を感じました。
元気で、気さくで若々しいAさんですが、実は3人のお子さんを持つ立派なママさんでした。これにはびっくり!!で、話はお子さんのことになったのですが、とたんに母親の顔に。そして、彼女は数年前に息子さんを交通事故で亡くされていることを知らされました。その息子さんとは一緒にインドに旅行をされたことがあるそうなんです。何となく、彼女が踊り続けている理由というか、原動力をそこに感じました。
「子供を亡くした母親の鳴き声ほど聞いていて辛いものはない」
高校時代の古典の男性の先生のお言葉。どうやらご自身の経験のようでした。なぜか今でも頭に残っています。
Aさんの顔も、一瞬で母の悲しみの顔になりました。この人に、こんな表情があったのか、と、何とも胸が痛みました。
私も「ひとりひとりのステップを大切に」というスタンスに共感しています。それは踊りに限らず、何にでもあてはまると思います。みんながプロになる必要もない。温度差もあって当然。かかわり方って色々だと思うんです。技術を伸ばしたい人もいれば、その場の雰囲気を楽しみたい人もいる。自分の色々な感情を表現したり、誰かと共有したい人もいるでしょう。本当に好きな人は、自分が踊らなくても、快く舞台裏のサポートにまわったり、宣伝を手伝ってくださったり、舞台をオーガナイズしてくださったりします。
自己にも周りにも忠実なアーティストでありたい。そんな想いをToshikoさんと共有できているような気がします。スタイルが同じであろうが、違おうが、2人以上の人間が舞台を作り上げていくときには、「一緒によいものを作ろう」という強い意志と信頼が必要です。そうでないと、自分だけ目立とうとしたり、エゴが出てしまう。以前、同じ舞台に立った方に、同じ振り付けで踊るところを、直前で、「本番では他の振り付けを思わずしてしまうかもしれないから」と言われ、正直驚いたことがありました。なぜ一緒に舞台を作るのか。そこの部分への理解が足りていない発言で、がっかりしました。
人にはそれぞれのステップがあります。何か信念を持っている人のステップにはメッセージがあります。そして、メッセージと、誠実な心を持っている人は自分のステップを大切にします。自分のことを愛し、大切に出来る人は、他の人のステップも尊重できます。
奉納舞のリハも終え、いよいよ、いよいよ、という感じです。お供えと、お花の準備もしましょう。8日の最勝寺さんから、当日はチャイを配りたいので作ってくださいますか?との連絡が。もちろん!喜んで紅茶とスパイス持って行きます!「ステップ」と同様、チャイも地方で色々な味があるようですが、私の心の故郷であるベンガル風のチャイを召し上がれ![]()
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