今日は音楽映像いっぱいですよ
ちょっと長いですよ。「酔って」ますから。おほほ
Thumriの王、Bade Ghulam Ali Khanの映像を探したのがはじまりでした。
Thumriの名曲、 Aye na baalam, karon sajani....(失恋の歌ですねえ、悲しい。。。。昨年、中村仁さんのコンサートで躍らせていただきましたわ)を聴きたいと思い、You tubeへ。
すると、まだ存命の、Ghulam AliのGhazalが聴きたくなりました。ちょっとタブラがいけてない、Hum ko kiske。Ghulam Aliの十八番。タブラ、もちろん悪くないんですが、でも、こういうGhazalって、タブラが歌い手と観客をノリノリにさせないといけないのです。ほんの1音、1テンポで変わるのです。モロイ先生が伴奏したときの方がずっと良かったなぁ。でも、歌は最高でしょう!
で、上手にハルモニアムを弾く子供を発見!Ghulam AliのChupke Chupkeを弾いてます、パキスタンのハルモニアムで。Kya bhaat hai!この子にはこの歌の意味(ガザルですから、またこれが悲しい愛の歌)はわからないと思うけど、貫禄のある弾きっぷりに拍手
こういう子は前世でも音楽をやっていたのだろうと思います。
前世。。。。。
そう、前世といえば。。。。
(注 ロシア土産の黒パンと、カマンベールチーズとワイン入ってます。美味しいニャぁ
)
10代と20代のはじめは、自分は前世でロシア人だと思っていました。
くらーい子だったから。根暗だと思っていました。いじめられっこだったし。負けん気だけ強いから、意地で学校は行ってたので登校拒否にはならなかった。そのころはまだソビエト。謎多きソビエト。祖父が仕事の関係でロシア語ができたので、ロシア民謡とか小さいときに聞いていました。それを聞くと、なんとも物悲しい、でも懐かしい気持ちになったのを覚えています。
中学から英語を習い始めて、何とかソ連人のペンフレンドを紹介してもらいました。手紙を書くために、必死で英語勉強しました。彼女は私が初めて交流したソ連人でした。チョコレート(ソ連のチョコはすごい素朴です)とか、当時の流行の歌謡曲のテープを送ってくれました。今でも大切にとってあります(チョコは食べちゃったけど)。彼女のお母さんの写真を送ってくれたことがあったけど、私の母親にあまりにもそっくりなので、一時我が家は
「おじいちゃんの隠し子か
」
と疑ったほどです(違いましたけど)。そのペンフレンドは、チェチェン人か何かの民族の血が入っている子でしたが、チェチェン紛争のあたりから音信不通になりました。今でも突然、ふっ、と思い出します。今、どうしてるんだろう。生きてるのかなぁ。あんまり考えたくないな。
大学に入ってから、ロシアに数度行きました。学生の交流会ですね。一応副委員長なんぞ務めてました。いんやー、10年は経ってませんけど、当時のロシアは、貧富の差が激しかった。今でもそうだと思いますが。シベリア鉄道にも乗ったさぁ。マイナス30度くらいの雪の中、ウォッカ飲み、飲み、ディスコに通ったさぁ。お酒とディスコくらいしか娯楽ないからねぇ(領事館の日本人の職員さんもロシア人のギャルとチークダンス楽しんでいらっしゃいましたねぇ。ほほほ。垣間見
)。
若者の生き方がすごい刹那的(せつな)的。早婚だし。一説によると、
ロシア人はチークダンスが上手いから早婚なんだ
とか。
確かに。一理ありますね。
ロシアの男性は身体がっちりしてるし、レディーイファーストできるし、本当に踊りがうまい!!チークダンス、ちゃーんとリードできますし、何たらかんたら口説き文句はお上手でございます。言い慣れてる
あの手この手で口説いてきます。ロシアではMaggie(マギー)と呼ばれていたなぁ。踊り好きのマギーはそれなりにモテましたよぉん
(実はかなりモテタゾ。酔った勢い) コロッと行きそうになります。そういうのをスルリとかわしていくのを楽しめるのも若いうちだ!過去は2度と戻らない。多分次の生を受けるまで。
今思えば、私が本来のパワーを取り戻したのはこのロシアのウォッカとディスコだったかも。ダムの放水のように、何かが動き出したのでした。暗い時代におさらば
したのでした。あのときロシアに行ってなかったら、その後の人生すごい違ってたと思います。ロシアのディスコに乾杯
で、ロシア音楽が聴きたくなっちゃったのです。暗いですよー。誰もが知ってるこの曲。ソビエト時代の映像が(YAMAHAは当時も入っていたようだ)。いんやー、ありがとうYou Tube。加藤登紀子が日本語でカバーしましたね。好きな女優に100万本のバラを送った貧しい絵描きの歌。これ、実際にロシア語で唄うと、とっても唄えません。カタックのBolに勝る速さなの、ロシア語って。ちなみにマギーはロシア語読めますし書けます。ちょっと自慢してみたかった。でももう今は聞いても所々わかるだけ。アラ・プガチョワの100万本のバラ はこちら。ロシア人の国民性が凝縮された一曲。
美しい。ロシア語は美しい言語です、本当に。ロマンチックだしね。
ロシアの男性も本当にロマンチック。ウォッカとギターを片手に唄ってくれたリュビー・マヤ・マヤ(「いとしい僕の人」)。もうお酒入ってるし(あー、グルジア産のワインが欲しい)、黒パンとチーズも進んでるし。何としても聴きたい!頑張って探してみる
パコパコ
おおー!あった
当時からは考えられない。これです 懐かしい(涙)
このかなりディープなロシア音楽が嫌いじゃない人は、暗殺されてしまったロッカー(?)イゴール・タルコフもどうぞ。ソビエトの国民の叫びですね。今でも英雄でしょう。
ここまできたら、この曲に行かないと!
ふおっ、ふおっ。白状しましょう。マギーは安全地帯が好きなのぉ。
プッ
って笑ったあなた!安全地帯はいいわよー。玉置浩二よぉ。1分ちょっとの時間にこれだけのものを詰め込んでくるんだからぁ。すごいと思わない?
あ、安全地帯ときいて、ピンと来ない人もいるかもね。こちら
ビジュアル的にも結構「くるもの」あります。
これ、83年の曲なのね。うわー、マギーは何歳だ?ひらがな練習してた頃だ。。。。
古いものはいいですねぇ。
そういえば、「映画っていいですねぇ」、の水野さんもお亡くなりになられたのね。
古いものが後世にもちゃんと伝えられるといいなぁ。
最後は、上に書いた、美味しい赤ワインの生産地のグルジア(旧ソビエト)の歌手、バレリー・ミラージ(本職は外科医らしいよ)のさわやかなこの一曲だにゃ。「今日、君はなんて美しいんだ」というタイトルの曲。私の明るい青春時代の思い出の曲なのだ。